筋トレの真実!筋トレ動作の根拠と真実

実用筋力のススメ

身軽じゃない…、重いモノが動かせない…、そんなの〝筋力〟とは呼べない! そして、そうした本当の意味での筋力が伴っていなければ、いくら筋肉を大きくしても意味がない! みんな本音ではそう思っていると思います。筋肉が大きいと動けない?動けなくても良い?そんな決めつけに乗っからなくても大丈夫です!要は実用筋力が伴った大きな筋肉をつければ良いのです。

物事の本質を見失ってはいけない

皆さん、現在、社会において多くの物事の根幹となるべき事柄が見失われているのをお気付きですか?善悪とは全く関係ないところにある裁判制度、国民のためであるはずの公務は公務員のためだけに存在し、強さを求める格闘技すら強さとは無縁の形でルールが変化しています。これはほんの一例の氷山の一角でしかありませんが、全てのこのような現状において言えるのが、物事の本質や根幹を見失っていることが原因しているという点です。
善悪に基準を置かない裁判官、国民のためを考えて仕事をしない公務員、その格闘技の強さを基準にしないルール改正。これは紛れもなくその現場に携わる人間の思考が狂っているとしか言いようがありません。この現状を打破するには、自分自身がしっかりとして、物事の本質からぶれないで正気を失わずにいるという生き方を実践していくしかありません。物事の本質から見た判断力を一人ひとりが持つことが、自分自身を守り自分自身の未来を築くことにつながるのです。

見せかけの筋肉はいらない

筋肉の大きさと筋力は違う

筋力に見合った筋肉美こそ真実の姿冒頭からこのようなことを紹介させていただいたのは、この筋力トレーニング界も例外ではないからです。あなたは次の事柄を受入れられますか?"筋肉の大きさと筋力は違う"簡単に即答しないで下さい。しっかりと物事の本質を考えてみてから判断して下さい。"筋肉の大きさと筋力は違う"などということを簡単に受入れられますか?また、受入れていませんか?
あなたは何のためにトレーニングを始めたのでしょう。"筋肉さえ大きくなれば筋力は劣っていても良い"と思ってトレーニングを始めましたか?では、もしも手に入れられるものが、筋肉の大きさもしくは筋力の大きさどちらか一方であれば、どちらを選択しますか?
私なら迷わず筋力のほうを取ります。筋力のない大きな筋肉は欲しいとは思いません。ただ重いだけです。筋力を伴わない大きな筋肉がついている状態などというものは、着ぐるみを着ているのと同じです。私は、筋力相応の筋肉がつくというのが本当の意味での筋量であり、こうした成果を得ることが本来のウェイトトレーニングの目的の根幹であると考えます。
筋力を伴わない筋肥大は、食用動物の生体実験となんら変わりません。本来のウェイトトレーニング目的は、食用動物に求められているような筋肉肥大だけに限定されたものではありません。今一度自問自答して下さい。本当に筋肉が大きければ筋力が低くても良いのでしょうか。見せかけの筋肉でも良いのでしょうか。本来のウェイトトレーニングとは、筋力向上を目指すもの以外の何ものでもありません。そしてその筋力に見合った筋肉美こそ真実の姿であると私は考えます。

使えない筋肉はいらない

身体能力と筋力は違う

身体能力と筋力は違う!あなたは次の事柄が受入れられますか?"身体能力と筋力は違う"筋肉がついて体重が重くなった分だけ身体が重く身軽さがなくなってしまった。筋肉がついたために今までと同じ運動をしても疲れるようになった。筋肉がついてから息切れがしやすくスタミナがなくなった。筋肉がついて関節の柔軟性がなくなった。などの身体能力の後退を感じさせる言葉をトレーニーの間でよく耳にしますが、これでは何のために筋力トレーニングをしているのかわかりません。
身体能力を上げることは筋力トレーニングにおいては本質となる根幹であるべきです。これはトレーニングの方法に大きな問題があります。同じ重量でもより重く困難に扱うような指導をする人がこの筋トレ界に氾濫し、筋力を効率よく使う方法を退化させてしまうトレーニングが横行している現状があります。
筋力を大きくするためには、"同じ重量でもより軽く扱える方法"を身につける必要があります。そのことで筋力を効率よく利用でき、そのことで身体能力が上がると言えます。今までよりも同じ重量が軽く扱えるようになれば、身体能力が上がったのは明白です。またそのほうが腱や関節に無理をしていないため、より安全であると言えます。
トレーニングで、より頑張るほど、より苦しむほど結果がついてくるというのは、安全で効率の良い方法で行う場合にだけ言えることです。関節の無理な位置で末端の腱で耐えて頑張って重量をより持ちにくくして苦しむことが、トレーニングであるはずがありません。より苦しく重量を扱いにくくするテクニックがどのようなことに役に立つのでしょう。こんなことで筋力が上がったなどと勘違いしないで下さい。そのような無理なトレーニングの末路には怪我が待っているだけです。重量を軽く扱える動作を身につけることで、安全に、より大きな重量でトレーニングをする。このことこそ筋力の向上と言えます。どのような場合にも、"パワーアップ"とはその言葉通り〝筋力向上〞を意味していなければ本末転倒です。力を発揮しにくい方法など全くの無意味です。力をより効率よく発揮できるようになることは、イコール身体能力の向上なのです。

健康でなければ意味はない

健康と筋力をつけることは違う

あなたは次の事柄が受入れられますか?"健康と筋力をつけることは違う"すでに挙げた二つの事柄について根幹を見失い、"ウェイトトレーニングで筋力がつかなくても筋肉が大きくなれば良いと考える人"や、"重量をより重く持つ方法を身につけることで身体能力が低くなっても、それに気づかない人"なら、"健康と筋力をつけることは違う"のだと勘違いをしても仕方がないでしょう。しかし、トレーニングによって筋力がつき、身体能力が向上しても、健康と筋力をつけることが相反することになっているようでは全くの意味をありません。
よく太く短い人生でも良いと言われる方がおられますが、そんな方でも、"太く短い人生"と"太く長い人生"のいずれかを選べるとすれば、間違いなく太く長い人生を選ぶはずです。健康においてはこのような二者択一はありません。不可抗力の病や事故でもない限り、太く長い人生は必ず存在します。筋力トレーニング、ストレッチ、日常生活、食生活、睡眠、環境、喫煙、趣味などの事柄を自己管理をすることで、人生を太く長くすることは可能です。それこそがウェイトトレーニングの根幹であります。あきらめや決めつけで自分の人生の範囲を狭めてしまわずに、小さなことから見つめ直してみましょう。そう考えると、"より健康であるために筋力トレーニングが存在するべきである"と再認識することができます。健康を害するようなトレーニングによって筋力を求めたり、健康を省みないで筋量だけをつけることを考えるのも本末転倒です。

肉体の進化とは

より筋力をつけ、より身体能力を向上させ、より健康になること

肉体の進化とは私は、ここまで読んで下さったあなたが、次の事柄を受け入れられる方であることを望みます。"肉体の進化とは、より筋力をつけ、より身体能力を向上させ、より健康になること"人間は進化を繰り返してきましたが、現在ではお金を生み出すことのみが進化し、それ以外では停滞するどころか衰退すらしています。そんな中、健康すらお金で買えると勘違いしてしまう人もいます。お金で健康やスポーツの能力は上がりません。スポーツどころか人間の能力全ておいてお金が支配する要素などほんの微々たる範囲です。それなりにまじめに仕事をこなし、生活できるだけの収入があれば、それ以上は必要ありません。
能力を上げるための一番大切な要因は、その人の根幹たる目的に対する切望と熱意による探究心だけです。それが真実の結果を積み重ねていくのです。「一流アスリートになるには、まずお金が先に必要だ」などと言う人が一流アスリートになれないことは明白です。筋力トレーニングを行う目的は、純粋に肉体の進化です。その根幹から外れた目的や方法を筋力トレーニングとは呼ぶべきではありません。筋力の伴わない筋肉を求めるのは進化ではなく、変異でしかありません。より重量を持ちにくくするような方法は、筋力を発揮させにくい無理な状態で行う能力を身につけるだけで、筋力の衰退でしかなく、筋力の向上を目的としたトレーニングとは程遠いものです。より重量が軽く扱えるフォームを習得し、より高重量が扱えるようになることが筋力の向上と言えるのです。
このような当たり前のことが当たり前に聞こえ感じなければ、あなたの筋力トレーニングの未来は決してないでしょう。真実とは単純なものです。真実の筋力トレーニングとは人間の肉体の進化であるべきです。"肉体の進化とは、より筋力をつけ、より身体能力を向上させ、より健康になること"という根幹から外れては本末転倒です。このことをしっかりと自分自身の中に刻みこんでトレーニングを行いましょう。




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